院長のコラム

生前遺言(時計について)

2013.06.16

時の記念日に際して

金無垢のホイヤーが、父の納棺の際に収められたものと同じモノです。

 私の父の名前は伸幸である。六月十日、時の記念日に生まれた。本来なら「おじいちゃん、お誕生日おめでとう!」と息子や孫が祝う日なのに、父はこの世にいない。もう十四年も前に逝ってしまった。今頃、あの世で母と酒を酌み交わし酔っ払っているのだろうか。

時計の日に生まれた男の納棺の際の遺品の一つが、忘れもしない金無垢のタグホイヤーであった。父親の一番近くにいつもあった愛用品なのに、誰ひとりとして拒むものはなかった。これがもし、金無垢のロレックスならどうなっていたであろう。金無垢でなくても、ドラマ「雲の階段」で話題になったフランクミュラーなら焼却されていただろうか。これがもし、鉄腕アトムが描かれたセイコーなら・・・、そこにいる一同きっと笑うに違いない、「この人、何考えてたん、アホちゃうか。」と。
父の遺骨の側に、黒焦げにただれた物体を見た時、自分の心の中にある意思が芽生えた。

「なぜ、僕はこうして院長コラムを書き続けるのだろう?」とふと考えることがある。心身ともに充実している時は苦にならないが、体調不良の時や「こんな、誰も読んでくれないしようもないコラムを書き続けることに意味があるのだろうか?」と投げやりな気分になることがある。そんな時、思い出すのが我が子供達のことである。書くことに負けそうになる時、挫折しそうになる時、「誰のためでもない、子供達に父が何を考え日々生きて、父がこの世に生きた証を伝えなければならない。」と自身に言い聞かせながら、自身を鼓舞しながら、雨ニモマケズ風ニモマケズのような気分で言葉を紡ぐ。
このコラムは即ち、ある意味私の遺言である。生きている今、子供達に伝えなければならない生前遺言である。

私は、あとどれくらい生きられるか分からない。分かっていることは、亡くなった母の年齢まであと三年、父が亡くなった年齢まであと十三年しかない、ただそれだけだ。ガンで亡くなった両親の、ある意味分身である私に、がん遺伝子が濃密に組み込まれていることは間違いない。だからこそ、これから、母が生まれた卯月、父が生まれた神無月には、自身二人のことを思い出すため、そして、子供達に亡くなった両親のことを伝えるため、そして、その両親から生まれた私の生き様を伝えるために、遺言を書いていこうと思う。

焼却された父の遺骨の側に、黒焦げにただれた時計らしい物体を見た時、決意した。遺された人が「これ焼くなんてもったいない、私に頂戴。」と思わせる、自分らしい時計選びをしていこうと決心した。それは値段ではなく、金やプラチナではなく、見て触って私を感じられるモノ選びをしていこうと覚悟した。
遺された人達へ、「私の納棺の際には、決して時計を入れないように。」

私の選択した一つです。
誰がもらってくれるのだろう?

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