社交辞令
たかが社交辞令されど社交辞令
社交辞令という言葉がある。「また今度飲みに行きましょう。」、「近いうちに連絡します。」、「機会があれば、ご一緒に。」人間関係を円滑に進めていくための常套句で、その言葉に真の意味はない。「お疲れ様です」、「さようなら」のような挨拶みたいなものである。
他人行儀で面従腹背な印象をもたらすこれらの定型句は、自分自身極力発しないよう努めている。しかし、これがなかなか難しい。お調子者の僕は、話の流れで無意識のうちにこの言葉を出している。「あー、しまった。」と思いながらも、携帯番号やメールアドレスを知っていれば後日連絡するよう心がけている。そうでなければ、まさに社交辞令化してしまうからだ。出会って間もない場合、携帯番号を交換することもあるが、直後に名前を入力しなかったため不明な携帯番号のまま携帯履歴から消えて行ったことも多々あった。僕が話した相手は、きっと僕のことを「社交辞令中年」とさげすんでいることだろう。
一方、相手からお誘いの言葉を受けた場合、即答出来る時は「それでは何時にしましょう。」、予定表を見なければ返事出来ない時は「直ぐには返答できませんが確認出来次第連絡します。」と返事するようにしている。誘われた飲み会は断らないがモットーだからだ。また、そうやって返答すれば相手の表情で社交辞令かどうかも分かる。
昨秋、研究会参加のため上京した。研究会終了後予定がなかったので、建築家の千葉学さんに連絡したところ、多忙にもかかわらず時間を割いてくれることになった。宿泊していた丸の内で二人の夕食となった。和食が中心のお店なので、乾杯のビールのあと僕は日本酒を頼んだ。千葉さんは酒まで付き合ってくれた。美味しい料理に日本酒で、互いに饒舌になり色々な話をしたように思う。興味深かったのは新国立競技場の案件である。酒席のよもやま話を妻にめったに話すことはない。上京後、たまたま夜のNHKニュースで国立競技場問題が上がっていた。何気なく千葉さんの知る情報を妻に伝えた。夕食時なので妻も話半分に聞いていた。その数カ月後、NHKニュースがその通りの結果を伝えた。顔を見合わせながら、「情報って集まるところには集まるんやな。」と二人で感心した。そう考えると、右往左往しているかのような元総理の発言も確信犯と思えて仕方ない。
話が長くなった。そのよもやま話の中で、なぜか千葉事務所の忘年会の話になった。「何時ですか。」「仕事納めの日ですよ。「それなら僕も参加できますよ。行っていいですか。」「ぜひとも。」「それではぜひとも夫婦で参加させてもらいます。」典型的な社交辞令会話である。社交辞令とは思いつつ千葉さんの表情や会話のトーンが真剣である。とはいえ互いに、わざわざ和歌山からという雰囲気も漂った。
千葉さんと別れた後、この社交辞令が妙に気になった。上京することは前から分かっていたが、突如時間を持て余すことになった僕。それならと電話したところ時間を割いてくれた千葉さん。脈絡のない会話の中で突如あらわれた忘年会話。何かがつながっていると感じた僕は、今まで何かとお世話になった事務所にお礼参りしよう、ホテルの夜を一人想いふけりながらそう決心した。(つづく)