私の履歴書~近頃の年配者は~
経営者の立場から
今現在の「私の履歴書」は、建築家の安藤忠雄さんです。
尊敬する方なので、しばらく朝が楽しみです。
前回は、履歴書が履歴書になっていなかったり、場合によっては自分をアピールする唯一の手段なのに、ただの穴埋め作業になっている履歴書のことを書いた。今回は丁寧に書かれた履歴書、丁寧というのもおかしい話だが、印象の良かった履歴書について書くことにする。
先ずは何よりも、読みやすい整った字であることが大切である。達筆という程きれいでなくても構わない、まさに字は体を表す、その人なりの個性で丁寧に書いてあるものは印象がよかった。
次に、とにかく空欄を作らない事である。その履歴書のフォーマットを埋め尽くせる限り埋め尽くしている履歴書は、好感度アップである。持っている免許も、看護師資格や普通運転免許だけではなく、珠算でも、簿記でも構わない、取得した資格・免許からその方の歩んできた道を知る手段の一つになる。
中でも一番大事なのが、志望動機である。募集をかけている病院、診療所、訪問看護ステーションはたくさんあるはずである。その数ある中から、なぜ当クリニックを選択したのかを一番知りたい。近いから、開業医だから、比較的給与がいいから、という理由を挙げる方は、もし自分が経営者ならそのような志望動機を挙げる方を選択するのだろうか。履歴書を見る人がどのように思うのかを想像して欲しい。履歴書を書けない方は、履歴書を書くことよりも本当に大切なこと、心を病んで来院された人、検査を前に不安がっている人にどのように対処するのだろうか。一事が万事、履歴書さえもろくに書けない方に、人をおもてなしする仕事は向いていないのでは、と感じている。実際、この4年間で経験し学んだ事である。
今回の募集でいい意味で驚いた事が二つあった。一つは、看護師という全国何処でも通用する資格を持ちながら、履歴書以外に添え書を同封して来た方が少なからずいたことである。自分が学んで来たこと、自分のアピールポイントを、履歴書に書ききれないことを手紙と一緒に提出してくれた方が数人いた。事務系の募集をする際はハローワークがしっかり教えてくれるのだろう、添え書は当たり前だった。看護師の募集で添え書まで送られて来たのは今回が初めてであった。
もう一つ驚いたことがある。「近頃の若い者は、・・・」と年上の者が嘆くのは古今東西同じである。しかし、こと今回の看護師募集においては、若い方に目的意識、職業意識の明快な方が多く、年配者ほど「へたな鉄砲数打ちゃ当たる」式の投げやりさを感じた。年下の僕でさえ思わず「近頃の年配者は基本がなっていない、どういう教育を受けて来たのだろう。」と言わざるを得なかった。
今回の応募では、断腸の思いでお断りをさせていただいた方がいた。履歴書がしっかり書けて、面談でも笑顔を絶やさない前向きな印象の方であった。ただ、応募の時期を若干過ぎていて、ほぼ内定が決まっていた状態にあったからというだけのことである。就職も結婚と同じで、運命や縁によって導かれていることを感じた。当院とは今回縁がなかったが、この方ならその人柄でどこの施設でもやっていけることだろう。履歴書がそう物語っているのだから。