秋の気配
この季節、僕は苦手です。
[悲しいほどお天気」
ユーミンの中では比較的地味なアルバムに思われがちですが、
個人的には心に染みいるアルバムです。
今年の夏は30年振りの猛暑だった、とテレビが連日伝える。仕事場と自宅を車で往復するだけであり、ビジネスマンのようにネクタイを締めて営業をしなくてもいいので、暑い暑いと言われてもピンと来ず、何か人ごとのようであった、いや現在進行形で人ごとのようである。しかし、ひとつだけ分かるのは、晩夏と初秋の境目が例年よりかなりあいまいで、9月になってもまだ夏なのかな、と思える日が続いている。これは僕にとっては精神的に助かる。
食欲の秋、芸術の秋、運動の秋と称されるこの豊穣の季節が僕はどうしても苦手である。幼少期から青春時代を過ごした実家での印象が僕の心に刻み込まれているのか。
僕が小中高校と過ごした実家は海の側にある。例年8月も末になると、鈴虫の音色が響き渡り、暑かった昼間の気温も海辺に近かったせいか、夜になると過ごしやすくなった。ただでさえ「ああ夏が終わるんだ。」としんみりする時期なのに、ちょうどその頃になると、秋祭りの練習の笛が遠くから「ピーヒャラ、ピーヒャラ」聞こえてくるのである。この音色が何とも言えず切ないのである。しかも、普段は何とも思わない海鳴りが笛の音と絡まって、切なさを増長させる。高校生くらいの多感な時期になると、自然の音色にその頃聴いていたポップソングが加わリ、あの頃のちょうど今時期、僕は切なさのパンチドランカー状態になっていた。その音楽とは、小室等(ひとし)が歌っていた谷川俊太郎作詞の「夏が終る」、オフコースの「秋の気配」、ユーミンの「ジャコビニ彗星の日」などである。
秋という季節は、何だか中途半端な気がする。寒い冬を乗り越えて春の気配を感じると、心がうきうきしてくると同時に別れの季節でもありしんみりもする。しかし、これから新しい季節が始まるのだ、という期待感に胸を膨らませることができる。夏は生きとし生けるものが、まさに真っ盛り、生命にみなぎっている。秋というと冬に向かってただ転げ落ちていくだけ(あくまでも私感)。これもあくまで私見だが、人の一生「生老病死」を「春夏秋冬」に当てはめると、秋は病に相当する。はあー、思い込みもここまでくれば病的だが・・・。
秋が切なく、人恋しく、一人でいることに耐えられないもう一つの理由は、僕の母親が秋に亡くなったからである。4年の闘病生活から解放されたのが秋という季節だった。その季節、秋の風が肌をひんやり通り過ぎるように、少し冷たい風が僕の心にぽっかり穴をあけた。
様々な理由から、毎年秋が近づくと様々な思いがよぎり、程度の差はあれ心身のバランスを崩しがちになるのだが今年はまだまだ元気である。誠に個人的なことで申し訳ないが、「猛暑さん、今年はありがとう、次回30年後に生きていたら、また。」
このアルバムで選曲されている曲は、
まさに日本のスーパーフォークソングです。
その中でも、一番好きなのはやっぱり「SOMEDAY」かな。