終・僕の経験した「いや~な空気」
「空気の研究」から
僕が組織人として適さない一因は、このような、集団から何となく醸し出される空気感がいやだからである。
勤務医時代にその空気感をよく経験したのは会議である。開いたという既成事実を作るためだけの会議、その会議にはそもそも意志決定権がなく単なる報告会に過ぎないのに、意味があるとは思えないような議論が延々と行われる。しかも、出席者にも暗黙の役割分担が決められているので、いつもと同じ人が同じように発言するのである。下手な芝居以上につまらない会議ごっこが、組織が大きくなればなるほど多くなる、地位が高くなればなるほど多くなる。
開業してからその空気感を経験したのは、◯◯クラブとか◯◯会といった組織である。勧められるがまま所属してみたが、何度も書いたように、何が目的で何を目指すのかが全く見えて来ない組織、その組織に属して何だかつながりあえているような雰囲気、そしてその雰囲気に属して何だか安心しているような空気、を何度も感じた。
したがって、今、僕は自由である。どのグループにも属さず、異業種はもちろん、老若男女、肩書きや仕事、お金とは関係のない、自分と感性の合う仲間と緩やかにつながっている。会費がなければ義務もなく、気兼ねない会話と美味しい料理を楽しむだけである。自分が一国一城の主になった職場は、自分が組織人として勤務して嫌に思ったことをしないよう、そして何よりも自身が快適に仕事できるような職場作りに努めている。
今回この一連のコラムを書き始めた当初は、なぜ院長イズムを理解できない!と怒りに打ち震えた。開院当時のスタッフに説明したこと、雇われの身だからといって自分の職場を何となく考えないで欲しい、個々が独立し己の信念に基づいて意見を述べ合えるような職場、チームにして行こう。今回、この理念を現在のスタッフに再認識、再確認させるいい機会になったと思う。
事務職員の選考が終わってからしばらく時間が経過した。少し冷静になって考えると、当クリニックのスタッフはよく頑張ってくれている、と思い直した。なぜなら、患者さんのアンケートでは、親切にしてもらった、やさしかった、丁寧だった、とお褒めの言葉を多数いただいているからである。今回の件を知り合いに話したところ「なに贅沢言ってんねん、あんたのところは院長は最低やけど、スタッフは最高やで!」と怒られた。「・・・・。」返す言葉がなかった。
確かに、経営者と同じ感覚、理性的で論理的で合理的かつシンプルな判断を下せること、を持つのは無理があるかもしれない。しかし、自分の人生では自分が主人公であり経営者である。何となく、仕方がなく、雰囲気で、といった判断はもう止めましょうと、少し病的で神経質な男が言いたかったのだと理解してくれれば幸いである。