老いること。
それは退化すること。
999.9のフレームに老眼用のレンズ、
情けない、寂しいかぎりです。
前回は息子の成長、今回はそれと反比例するかのような自身の退化を報告することに。
2年前くらいだろうか、木曜日の朝、起きようにも体が自由にならない、まるで身体が鉛の塊になったかのように感じ始めた。翌日には何もなかったかのように軽快し、日常生活に支障を来すこともなかったので、あまり気にしていなかった。しかし、昨年くらいから体の重たい感じがなかなか改善せず、日常診療にも疲れを引きずるようになってきた。なぜだろう、と考えてふと気づいた。 かなり前から、起床時の洗顔後にトワレをつけるのが習慣になっていた。紆余曲折を経て、開院する前くらいからバイジャパニーズ運動の一貫として「SHISEIDO MEN」をつけていた。欧米ブランドの濃密でしつこい香りと対照的に、軽くふんわりさらっとしていてアロマセラピー感覚でつけていた。 当院は内視鏡治療を得意とするクリニックなので、日帰り手術を積極的に行っている。したがって、生命保険会社の診断書を作成する機会が多く、いつも日常業務が終了してから作業している。昨年末頃から、診断書を記載するのに違和感を覚えるようになった。どうにもこうにも焦点が合わないのである。世間で言うところの疲れ目かな、程度で放置していたが一向に良くならない。それどころか、ますます診断書が書けなくなり、書くのが億劫になっていった。ある時、医師ではない友人に相談したところ「あんた、それ老眼やで、俺はまだ大丈夫やけどな。」のたった一言。 当たり前に行っていた日常動作が当たり前のように出来なくなる、悲しいことだがこれが老いることなのだ。マラソンで例えるなら人生の折り返し地点を過ぎ、山登りならあとは下って行くだけである。自然の摂理を納得し受け止めるしかない。 |
2月18日、当地にも雪が降りました。 薪ストーブを焚いた後のワンショットです。 |