自由じゃなければ意味がないんだよ
四十九の夜
お前ら本当に自由か
腐った街で埋もれていくなよ
俺達が何とかしなければよ、何にもなんねえんだよ
尾崎豊「十七歳の地図」のプロモーションビデオの冒頭の言葉である。強烈な台詞が僕の脳裏に焼き付けられている。尾崎が扱ったテーマには愛や普遍性、実存がある。中でも重要なのが自由である。自由を希求したはずの尾崎が、自身が作り上げたイメージに拘泥し神経をすり減らしながら短い生涯を終えたのは、反面教師的である。
先日、学会出席のため上京した。今回は、いつものような点数稼ぎ目的だけではなかった。友人が今春から教授職に就任した。そのささやかなお祝い会も兼ねていた。仕事を終え飛行機に飛び乗り、品川に到着したのは夜の八時をゆうに過ぎていた。二時間ばかりの短い時間ではあったが十二分に旧交を温められた。
会話の中で、ひょんなことを聞いた。翌日のポスター発表の座長(司会者)が旭川医科大学第三内科の新教授とのこと。知っているかどうか問われ、「かつての僕の上司ですよ。」と返答した。風のうわさでは聞いていたが、これも何かの御縁、翌日の学会は友人の発表を中心に見て回ることにした。
翌日、興味あるシンポジウムを少し聞いた後、定刻前に発表会場に場を移した。当時の面影を残した懐かしい顔が不意に現れた。友人を含めた発表には気もそぞろで、かつての上司に声をかけるべきかどうか思案していた。三十分程度のセッションが終了した直後、躊躇していた僕に友人が「挨拶に行ったら?」と背中を押してくれた。「◯◯先生、長嶋です、憶えていますか?」会場を去ろうとしていた先生に、思い切って声をかけてみた。狐につままれたような表情が一変、柔和な笑顔を見せながら「ああ憶えているよ、懐かしいなあ。」、その次に教授から意外な言葉が発せられた。
「自由だなあ。」当初、意図する意味がよく分からなかったので「開業医ですから。」とトンチンカンな返答をした。その後も、近況報告をする中で何度か「自由だなあ。」という言葉を耳にした。会話の内容よりも、教授が僕に寄せた「自由」という言葉が耳に残った。
以前より風通しは良くなったとは言え、小説「白い巨塔」が示すような上下縦横がんじがらめの関係が、まだまだ医学界に存在することは否めない。教授というのは、その世界の生存競争を勝ち抜いた圧倒的勝者である一方、医学界の中では、ある意味最も囚われた人種と言えるかもしれない。教授が僕に投げかけた自由の意味は何だったのだろう。僕が能天気な道化者と映ったのか、はたまた奔放な憧憬すべき対象と映ったのか、よく分からない。ともあれ、尾崎豊的に言えば支配する側から発せられた「自由」という言葉が、現在の僕の状況を端的に表現しているのかもしれない。そう考えると思わず口ずさんでしまった。
盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと逃げこんだこの夜に
自由になれた気がした四十九の夜
拝啓 尾崎豊様
お元気ですか。
僕は思う様に生きているようです。