虎は死して皮を留め、ドン・ファンは死して名を残す
六月八日夕刻、三社のテレビ取材に応じて心身疲労しているところに、夜のNHKの全国放送で自分の姿を目の当たりにして一気に脱力感に襲われた。休み前の夜、いつもなら惰性に身を任せて過ごすところだが十時過ぎに就寝することにした。
翌朝、携帯電話を見てびっくりした。北海道で勤務していた時の知人からラインメッセージ「テレビに出ていましたね。お元気そうで何よりです。」が届いていた。その後も知人から同様のライン連絡が届いた。パソコンメールにも同じような伝言が届いていた。もうすぐ秋冬物の立ち上がりの時期である。ヨウジヤマモトのショップに相談の電話したところ「長嶋さんテレビに出ていましたね。」ときた。九日の土曜日は電話をかける度、「テレビに出ていましたね。」と相手、「恥ずかしいばかりです。ドン・ファンとは単なる知人ですよ。」と僕、終日そんな調子が繰り返された。当初、テレビ取材を受けたことを後悔した。ドン・ファンの友人ならまだしも、たかだか知人に過ぎない。そこに僕の功績など微塵もない。しかし、僕の知人や友人とやり取りしている間に、「元気で頑張ってますよ」のビデオレターになったのでは、そう思えるようになった。週明けもテレビ局から取材の要請があったが、「もう十分に話しました。」と一切断っている。その時話さなかった家政婦や前妻のことも、ネットでちょっと調べればもう既に十分暴かれている。僕の役目は終わった。
暴力団も恐れるくらいの取り立てをしていた、金銭トラブルのため包丁で刺された、行く先々で女性を口説く、数多の武勇伝を伝え聞いていたドン・ファンだが、僕の知っている野崎さんは世間のイメージとは全く違っていた。うちのクリニックは、来院時スリッパに履き替えなければならない。前もって言ってくれれば対応したにもかかわらず、脳梗塞の影響でスリッパに履き替えスリッパで歩くことが出来なかった野崎さんは、エルメスのネクタイにビシッと誂えられたダブルのスーツ姿に足元は靴下のまま、ペンギンのような足取りで院内に入ってくる。ちょっとした診察でも、後日、僕だけではなくスタッフにもお礼の品をつけ届けてくれた。何度か招待された会では、一人で行くのは心もとないので友人の同伴をお願いしても職業や地位を一切問うことなく友人も招待してくれた。恩義に報いたかったが、生前何も出来なかった。出来たことと言えば、葬儀の供花と通夜の前の焼香だけである。
野崎氏ほど、賛否両論、毀誉褒貶が激しい人はいない。いやむしろ、世間一般的には、けなされ否定されることの方が圧倒的に多い人物だと感じている。けれども、僕は傑出した人物と、ある意味尊敬している。自分で会社を起こし、自分の才覚で持って莫大なお金を儲けた。通常は、いかにお金を残すか、いかに次世代に引き継がせるか、大半の人間は守勢にまわらざるを得なくなる。しかし、野崎氏は、儲けたお金をひたすら女性のためだけに使った。見方を変えれば、江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ、きっぷのいい生き方をしたと思う。また、それは、回り回って莫大な経済活動をしたことにもなる。もちろん、国にも市に対しても相当額の納税をしたはずだ。泣かされた人、人生を滅茶苦茶にされた人、地獄の底に突き落とされた人もいるだろう。けれども、野崎氏は被害者になったことはあっても犯罪者になったことは一度もない。僕にとって、野崎さんは偉人であり超絶異人である。そんな不世出の人物と知り合えたことは僕の人生の宝物である。彼のご冥福とともに、一刻も早く犯人が見つかることを祈る日々である。