行きまっせ 山口へ
自分の大学生活を一言で例えるなら、フラストレーションである。志望校では全くなかった、それ故仲間作りが出来なかった。それでいて孤高の人間であったかと言えば、成績のぱっとしない、なのに服装だけは変わっている単なる変人であった。なので、大学時代、友と呼べる同級生はいなかった。案の定、卒業後、大学の同級生と連絡を取り合うこともなければ交流することもなかった。地元に帰ってきて、親交の出来た同業者の義理の弟が、僕の同級生であることが判明した。兵庫在住の開業医が唯一親交のある同級生であった。
その彼を介して、三十年ぶりに同級生のM先生と交流することになった。昨年夏、ウルスの購入が機会になり繋がった。何と、彼は我が駄コラムを定期的に見ていてくれたようで話が早かった。電話の会話だけでもトントンと話が弾んだ。この年齢になり経済的に余裕が出てくると、クルマや時計等話題に尽きない。電話を終える前に必ず、「どこかで会いたいね。」で電話を切っていた。年明け頃にはと考えていたが、早々から新型コロナ騒動が起きた。長女が大学生になって以降、夏季休暇および年末は家族で小旅行に行くよう努めている。長男が就職すれば、おいそれと家族旅行に行けなくなる。ということで、今年の夏は大学の同級生に会うため山口に行くことに決めた。
山口への二泊三日の旅行、M先生は萩市在住なので、初日の宿泊先は萩に決めた。改めて山口の地図を見てみた。萩は山口の山陰側にあり、どうもJR新山口駅から萩まではJRが走っていないようで、新山口駅で降りてレンタカーを借りなければならない。車を借りて萩に向かえば道中には秋芳洞と秋吉台がある。初日の行程は決定した。二日目はM先生の勧めもあり、日本海側を下関方面に向かい、宿泊先は川棚温泉に決めた。道中には、CNNが「日本で最も美しい場所31」に選出した元乃隅稲成神社があり、TVCMで有名な角島大橋がある。M先生は、山口のソウルフード瓦そばも食べるよう助言してくれた。今回の旅程を組むのはいとも簡単に終わった。
八月十日、高校の修学旅行以来、三十五年ぶりに山口県を訪れた。改めて認識したが、小郡駅はいつしか新山口駅に改称されていた。新山口からレンタカーで秋芳洞、秋吉台を経由して萩に着いたのは、田辺駅を出て八時間半後だった。高校生の時に見た秋芳洞の印象は神秘的で幽遠だったが、今回の印象は「案外、観光地化されているな。」だった。今回、M先生が会食場所として設定してくれたのは、萩が育む見島牛が食べられる「みどりや」だった。このご時世、大人数での長時間の会食は医師と言えどもご法度である。二時間程度の会食は、家族そっちのけで近況報告と大学時代の思い出に終止した。当時のつまらない些細な思い出が鮮明に蘇った。積もる話もあったので子供達をホテルに返し、二次会は彼の病院でほんの一時を過ごした。
同じ医学部で学び、その後互いに研鑽を積んで、現在の地位や境遇にたどり着けた。そして、三十年の月日を経て、何のわだかまりなく話を出来た。「有朋自遠方来 不亦楽 」(朋あり遠方より来る。また楽しからずや。)論語の一節である。今回の旅行は僕が訪れた方だが、まさにこの言葉通りである。この歳になって、また一人友人ができた。