我々日本人にとって、近くて遠い国は北朝鮮である。私にとって、近くて遠い病院が紀南病院である。紀南病院の最寄りのクリニックは当院である。けれども、遠く感じるのは、紀南病院との間に見えない壁を意識しているからだ。もちろん、紀南病院と仲違いしているとか牽制し合っていることはない。このように感じる理由は二つあると考えている。
一つは、私がもう一つの基幹病院である南和歌山医療センター出身だからである。
以前勤務したことのある南和歌山と異なり、紀南病院のシステム・内情・先生の性格が全く分からない。この点を知っているのと知らないのとでは雲泥の差がある。ちなみに、私は紀南病院に勤務する機会が2度あった。1度目は川崎医科大学から地元に戻ってくる時である。当時、両病院の消化器内科は阪大第二内科から医師が派遣されており、当時の医局長から「どちらでも構わないけれども、南和歌山に欠員が出るので出来れば南和歌山にして欲しい。」と頼まれた。二度目は南和歌山から阪大が撤退する時で、医局長にどうすればいいか尋ねたところ、紀南病院に直接交渉するように言われた。当時の紀南病院は医師が充足しており、やんわり断られた。映画「二百三高地」ではないが、「医局は私を見放した」と暗澹たる気持ちになったのを覚えている。このようにご縁がなかったのも、紀南病院が遠い存在なのかもしれない。
二つ目は、電話対応の悪い医師を何人か経験したからである。
内視鏡検査が主体のクリニックとはいえ、様々な患者さんが来院される。私も元勤務医で何度も当直を経験してきているので、目の前にいる患者さんが経過をみられるのか、そうでないのか判断出来ずに嫌な予感がすることがある。診療時間外に、何となくおかしいという不安だけなので紹介をためらいながら、もしものことがあればと考え救急依頼することがある。
不愉快な思いをしたことが二度あった。一度は、患者さんの強い希望で電話をしたが、「今とにかく忙しいので無理」とそれだけ、にべもなく取りつくしまもなかった。二度目は、電話に出た人にいちいち事情を説明しその度電話を代わられ、挙げ句に出た医師は全く愛想なく、説明を終えた途端南和歌山に紹介してくれときた。こちらの意を汲んで的確適切に対応してくれる先生がほとんどだが、このたった2度の経験がトラウマになっているようで、救急依頼する際、今でも少し躊躇する。これが居酒屋なら、たった一度でも不愉快な思いをすれば二度と行くまいと思うのだが、医療はそういう訳にはいかない。
毎回「サザンクロス」を楽しく拝読させていただいている。今回私が依頼された地域医療連携だよりのコーナーは、傾向として「自己紹介型」と「病院への感謝・賛辞型」、その混合型に大別されるように思う。したがって、今回はあえて趣向を変えて辛口型にさせてもらった。しかも、800字程度の文字数を倍にすることを前もって了解いただいた次第である。というのも、私は幼稚園から高校まで田辺で育ち、このまま行けば田辺が終の住処になるかもしれない。医者である前に先ず田辺市民なのである。紀南病院は田辺の市民病院という感覚を持っているため、ついつい「あがらの病院」という意識が強く、故に今回のような説教くさい文章になったことをお許しいただきたい。
敷居が高い病院という感覚はあるが、紹介する際、一方の病院に誘導することは決してなく、患者さんの意志を尊重している。苦い経験はしたが、紹介した患者さんからの紀南病院への評判はすこぶる良く、紹介しただけの自分が得意な気分になることが多々ある。
今後とも引き続き病診連携をお願いするとともに、機会があれば胸襟を開いて話せる場を設けていただくと、名実共に「最も近い病院」になれるような気がする。 |