道程
医師会退会
Blue Beat、
何て素敵な言葉だろう。
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
高村光太郎の有名な詩「道程」である。今の自分の心境にぴったりの詩である。
僕は、この3月をもって医師会を退会することを決めた。A会員の医師会退会は通常死亡退会で、健康で存命していての退会は初めてだそうだ。その意味では先駆者であり、ある意味名誉なことだと自身考えている。
一方、「長い物には巻かれろ」「寄らば大樹の陰」という諺があるように、医師会という組織に波風を立てずに属していれば、何かと便利、安心なのも確かである。「僕の前に道はない 僕の後に道は出来る」、医師会という後ろ盾を断った自分は、大げさなようだが、荒野に一人ぼっちで佇んでいるような気分である。
医師会を辞めるにあたって、心残りが一つある。
かつて田辺市医師会長だった亡き父に申し訳ないことをしたと思っている。草葉の陰で、おそらく怒っていることだろう。流れ流れ辿り着いたこの地で、誰よりも早く内視鏡検査に取り組み、瞬く間に所得番付で医師の一位の座を得た。それ故、妬み・やっかみがあったことは想像に難くない。当時、医師会というムラ社会で他所者が生き延びて行く方法は一つしかない、ひたすら医師会活動をするだけである。早くに母親を亡くした父は、寂しさを紛らわすかのように益々医師会活動に没頭していった。
その甲斐あって、父は田辺市医師会最年少の会長になった。内視鏡技術を当地に普及させた先駆者、一人医療法人を誰よりも早く取り入れた経営者、誰よりも早く有床診療所を止めた現実主義者。誰よりも時代を先取りしていた父は、僕の誇りであった。
医師会を辞めるにあたって、この気持ちを伝えたい人達がいる。それは、僕の子供達、そして僕の大事な仲間だ。
子供達には常々「自分の人生は自分で切り開け!」「自分の信念を貫け!」「長い物には巻かれるな!」と言い聞かせている。その自分が、納得出来ない不本意な組織に属し続け文句を言い続けるならば、矛盾を生じる、有言不実行になる。隗より始めよ、子供達に親の信念、生き様を見せなければならない。正しいのか正しくないのか、今回の選択を子供達がどう思うか分からない。けれども、父親の生き方を示すことが出来たのは確かである。
仲間達の反応に賛否の否はなかった。「さすが、あんたしかそんなこと出来んわ。」「あほやなーと思うけど、男前やわ。」「皆が組織を辞めたいと思っているけれども、世間のしがらみがあるからな。」「メリットが無ければ、辞めたらいいんとちゃうん。」。賛成・賛辞が9割、残りは「もうちょっとだけ、大人になれば。」と呆れられた。
佐野元春の名曲「Rock’n Roll Night」の一節「汚れた世界の窓の外で すべてのGive & Takeのゲームにさよならするのさ」、尾崎豊の「卒業」の一節「あと何度自分自身卒業すれば 本当の自分にたどり着けるだろう」がやけに胸に響く今日この頃である。
この春、僕は45歳の卒業を迎える、感無量である。