長嶋、医者やめるってよ!(中編)
大事な話とは、「やりたいことが見つかったので、医師研修を一旦中断しその道に懸けてみたい!ついては了承して欲しい。」との内容だった。平成16年から施行された現在の医師研修制度について僕自身よく理解できていなかったため、その点を先ず質問した。用意周到とはまさにこのことで、厚生労働省に見解を問い合わせていて、海外留学や心の病(これが大半)により研修中断例は少なからずあるとのこと。研修中断の可否は、受け入れ臨床研修病院と研修医間のことであり当事者同士で話し合って欲しいとのことだった。病院長に自分の意志を伝える前に、先ずは両親の同意を得たかったようだ。「あと1年研修して研修修了からでも遅くないのでは?」と問うたが、「自分が進もうとしている分野は黎明期にあり、日進月歩で物事が進んでいる。一年も遅れたら周回遅れから始めなければならず追いつけなくなる。」との答え。
長男は中等教育時代、画像や映像、コンピューターのプログラミングに興味を持ったらしい。大学生になって、それらの写真をTwitterやInstagramに上げながら、アマチュアカメラマンとして賞を取り、それなりの撮影料金を頂いて活動していたようだ。方や、医大生の家庭教師紹介サイトを立ち上げ、その運営にもあたっていたそうだ。らしい、ようだ、そうだとか推量文末なのは、本人から詳しく聞いたことがないから。他人に迷惑や危害を及ぼさなければ、もう二十歳も過ぎているのだから立派な成人である、自由放任主義で本人に任せていた。医師になってからは、撮った写真の他に生成AIで作ったグラビアモデルをSNSに上げていたら、SNSを介してIT関連企業から声がかかった、もっと言えばスカウトされた。医師としての道を歩み始めたばかりで充実した日々を送っていたところに、この機会を逃せば人生後悔するかもしれないビジネスへの転職という二者択一に迫られ、苦渋の決断の末、本人は後者を選択した。
「転職したら給与はどれくらい?」と尋ねた。我々が研修医時代は雀の涙程度の給与しか貰えなかった。教えてもらうのだからそれが当たり前の風潮だった。しかし、研修医の過労死が度々問題になったことにより労働環境は徐々に改善し、今や研修医でも社会人1年生の割には驚くほどの給与が貰える時代になった。なので、やりたいことがあると言っても過酷な条件下ではトラバーユする意味がない。長男の答えは、「給与は倍になるよ。インセンティブ制度もあるから、うまく行けば3倍かな。」だった。まさに狐につままれた気分。それは妻も同様で「それ騙されてない?商材を買えとか、株の購入とか勧められんかった?」と詰問。会社名を検索したら、起業したばかりの会社だが確かに実在する。雇用契約書もきちんとしている。医師以上に魅力のあるビジネスに出会った。労働環境も条件も問題ない。自分たちの子供とは言え全くの別人格である。了承も何もあったものではない、本人が信じた道を進むだけだ。