雲泥の差
飲食して考えたこと
水曜日は僕にとって充実の日である。午前の診療を終えスイミングへ直行、一時間ばかり泳ぐ。その後予定されている用事を済ませて、四時過ぎくらいから習い始めたギターの練習をする。普段じっくりと練習できないので、この時刻に集中して行う。午後六時前には一緒に習っている不動産会社専務が自宅に迎えに来てくれ教室へ向かう。一時間程度のレッスンを受けた後、その後は必ず飲み会である。二人だけで飲む時もあれば、友人達と待ち合わせて四、五人の会になることもある。仕事に運動、そして趣味、締めは飲み会である。充実しているがゆえに飲み過ぎることが多々ある。
毎週のことなので行く店も決まってくる。ある日、新しい店を開拓しようということになり、専務は久しぶりの僕は初めての店を訪れた。七時半と言えば居酒屋の最も忙しい時刻である。なのに客は我々が最初のようであった。その日は、台風が通過して間もなかったので刺し身はないとのことだった。ビールと何品かを注文し食事を始めたが、「ああビールはやっぱり美味い。」という言葉が出てこない。しかも、いつものように二人の会話が弾まない。早々に専務が「先生、店変えようか。」と問うてきた。その点、僕は優柔不断である。一度自分が決定したことを撤回することはまずない。「この店を選んだのは自分の運命だったのだ。それを甘んじて受けよう。」と内心思いながら専務への答えをはぐらかした。しかし、串かつが運ばれてまもなく専務が「よし、先生、店変えよや。」と席を立ち始めた。
最初の店を後にして歩きながら二軒目はすぐに決まった。ふたりとも馴染みにしている店である。店をのぞいたら満席だったが、運良くカウンターの席がちょうど二つ空いた。席に座るやいなや店主から「刺し身、何にしましょう?」と尋ねられた。「えっ、今日刺し身あるんですか。台風が去ったばかりなのに。」と専務、「今日上がったばかりやで。」と、ムッとしながら店主はお勧めの刺し身を盛り合わせてくれた。旬の魚は新鮮で、マグロはトロだった。我々が訪れたのは八時を過ぎていたが、その後も客が入れ代わり立ち代わりしている。とにかく店に活気がある。二人で顔を見合わせながら「(居酒屋は)やっぱりこう(あるべき)やな。」「同じ居酒屋なのに、こうも(忙しさが)ちゃうんやな。」「流行っている店はちゃうな(間違いないな)。」二人で感心することしきりだった。いつもの美味しい料理とお酒、弾む会話が戻った。流行る店とそうでない店を目の当たりにするとともに、無理に新しい店を開拓する必要がないことを二人とも悟った。
一日に、閑散としている居酒屋と活気のある居酒屋の二店を経験した。客のいない料理屋は避けるべきという教訓を得たが、それよりも、なぜこんなにも較差が生じるのか、経営者として学ばなければならないと感じた。これは飲食業だけの話ではない。どの業種にも言えることである。人気のある店とそうでない店、流行っている店舗とそうでない店舗、忙しいショップと暇なショップ、翻って考えれば、うちのクリニックはどうだろうか。活気があるのだろうか、患者さんは多いのだろうか、忙しいのだろうか、信頼を寄せられているのだろうか、帰宅後、酔っているにもかかわらず妙に心が落ち着かず眠れなかった。