青い稲妻が走った夜
「チェリー」スピッツ
「前前前世」RADWINPS
「流星」コブクロ
「悲しみにさようなら」安全地帯
「哀しいくらい」オフコース
九月七日の夜、不思議で奇妙な出来事が起こった。前日の夜、ふと思い浮かんで、しばらくご無沙汰な不動産会社社長に電話をかけ食事に誘った。折角なので数人に声をかけてみたが、何れも先約があり二人だけで行くことになった。それならと当日、地元で一番人気の居酒屋(吉田類の酒場放浪記でも紹介された店)のカウンターを六時半に予約した。暖簾をくぐると、「先生、八時までならそこ使ってよ。」と通常なら四人でしか取れない小上がりに通された。あとから来る人たちは、決して広いとは言えないカウンターの椅子に所狭しと座っているのに、申し訳ないことしきりだった。この店に来たら頼むものは大体決まっている。新鮮な魚介類の刺身の盛り合わせは必須である。「頼むと思っていたので、大将がもう切ってくれてたわ。」と、マグロを含めた旬の新鮮な刺身を頼むやいなや出してくれた。何度も通った店だが、何もかもが阿吽の呼吸で進んで行った。この店で満腹になるには一時間半は十分である、八時少し前に店を出た。まだまだ宵の口である、食べるのはもう十分、とはいえ馴染みのスナックもまだ開いていない。ということで、いつものカラオケボックスに行くことになった。
ほろ酔い加減に、他人の歌をフルコーラスで聴かされることは修行、いや拷問と僕は感じている。僕の仲間もそう感じている人がほとんどだ。そんな我らに便利なコンテンツがLIVE DAMの「完唱!歌い切りまショー!!激辛」である。このモードで歌えば、ほとんどの人がサビの手前で強制終了される。したがって、一時間もあれば二人で二十曲くらい歌える。歌い終えた途端、次から次へと歌を入れなければならないので兎に角慌ただしい。まれに激甘サービスというモードが発動して、どうにかこうにか完唱出来るのが関の山である。
その日は、いつもと違った。最初の十五分くらいはいつもの調子、どんぐりの背比べで歌えたパーセントに二人一喜一憂していた。ところが、僕が歌った「チェリー」から状況が一変した。激甘サービスが出ないにも関わらず完唱出来たのだ。新社長は狐につままれたような表情できょとん、歌った本人も半信半疑である。次に歌った「前前前世」も何と完唱できた。「何起こったん、悔しい!!」と新社長、以前激甘サービスを発動させた曲を何曲も歌うがことごとく撃沈状態である。今ギターで習っている節まわしの難しい「流星」も完唱するに至って、「これ機械、壊れてるで。」「機械にお金積んだ?」「マイクに細工してるやろ。」、新社長は理不尽な事を言いながらヤケクソに歌い続けたが救われることはなかった。この日僕は、激辛モードで五曲完唱できた。
予定の一時間が終わり外に出てみると、夜にも関わらず一瞬昼間と紛うくらいの明るさになった。激しい雨とともにバリバリと地を揺るがす凄まじい雷が何度も落ちた。今回の出来事は、神様が降臨してきたのか、はたまた神様の逆鱗に触れたのか、よく分からない。自分自身、歌が上手いとはこれっぽっちも思っていない。むしろ音痴に入る部類だと思っている。二年間ギターを学んだ過程において、歌い方が変わったのかもしれない。歌の伝え方に、自然と工夫をこらすようになったのかもしれない。継続は力なりが花開いた、というか爆発した不思議な夜になった。帰宅してから、ギターの師匠にLINEしたのは言うまでもない。