驚異?脅威?のカーテン屋さん(後編)
デイサービスの完成が間近になった頃、普段は妻と事務所担当者が電話でやり取りしていた確認事項を、Zoomで千葉さんとオーナーである僕もやり取りすることになった。いわゆるトップ会談だ。その中でカーテンのことも話題に上った。「(妻は)高いカーテンは困難と言っています。」と僕、「いやいや、長嶋さん。今回提案したものは一般的なカーテン屋さんのカーテンではなく、テキスタイルと考えてください。あんどうようこさんと言う著名なデザイナーのものです。」、千葉さんは苦笑しながら答えた。
Zoom会議が終わった後、すぐに調べた、驚くほかなかった。事務所担当者が終始カーテン屋と言っていた人は、多くの有名建築家の作品の窓まわりを彩っているテキスタイルデザイナーの安東陽子さんだった。最初から安東さんのものと言ってくれれば二つ返事で答えていただろうに、事務所担当者に思わず「そんなこと聞いてないよォ〜、何ではよ(早く)言ってくれんかったん?」電話越しに詰め寄った。予算に制限はあったが、千葉さんの尽力もありトップ会談でデイサービス全てのカーテンは安藤さんのものでしつらえることに決定した。1階のデイサービスは向かいの岩屋観音が透けて見える白色のレース、裏側の擁壁が見える2階の事務所は、無機質な擁壁を遮るようにベンガラの壁に合わせた赤色調のものになった。バーチカルブラインドだった自宅、クリニック、介護施設と異なり、今回の建物の最後仕上げはカーテンの取付けになった。千葉さんがカーテンにこだわった理由が自分なりに理解できた。
カーテンの第一義的な目的は、外からの視線を遮ることである。今回のレースカーテンには波打ったような斑紋様が施されているため、日中は光が散乱するのか外から内部の様子を伺い知ることは出来ない。それとは逆に、内部から外部の気配は、無作為に入れられた柄のため表情豊かに移ろう。風薫る季節に納品されたカーテンは、風になびき多彩な表情を見せた。由来を知らされていなかったスタッフは、開設当初、就業時間に合わせカーテンを開け締めしていた。それに気づいた僕は、開閉しないよう理事長命令を下した。今や開かずのカーテンと化している。夏場は遮熱、冬場は保温効果を示し、春秋は壁面の動くインテリアとして八面六臂の活躍をしてくれている。かたや2階のカーテンは、外界の光景を遮る一方、遮光を比較的抑えているため、昼になると赤い光が差し込んでくる。ベンガラの壁との相乗効果で、部屋全体が赤色調の不思議な空間が形成される。それを1階のデイサービスから眺めることが出来るのだ。千葉さんの目論見、それに呼応した安東さんの感覚には脱帽するほかない。
デイサービス開設前、千葉さんと安東さんが現場確認に来てくれた。安東さんは、非常に物腰柔らかなチャーミングな方だった。「どんなカーテン屋さんかと思いましたよ。」との僕のツッコミにも、「カーテン屋みたいなものですよ。」とやんわり受け流してくれた。現場視察中、千葉さんが背の高い壁面に安東さんのテキスタイルを飾ったらどうかと提案してくれた。こんな機会はそうそうない、お願いすることにした。全国津々浦々にデイサービスはあるけれども、千葉さんと安東さんの作品を同時に体感し快適な時を過ごせる、しかも観音様に見守られている唯一無二の施設が出来上がったと自負している。人よりも色々と経験してきたつもりだが、この歳になって「たかがカーテン、されどカーテン」を思い知らされた。