17歳の胃癌(1)
医療の新しいうねりの中で
「17歳の地図」は尾崎豊の代表曲。しかし、「15の夜」の方が心に刺さる。
「17歳のカルテ」はウィノナ・ライダーが主演の映画。しかし、アンジェリーナ・ジョリーの存在感が圧倒的だった。
「17歳の胃癌」は・・・、あり得ない話、と思う。しかし、本当にあった話である。僕が診断して治療をした最年少の胃癌患者さんである。もう7年以上経過したので、少しは話をしても許されるだろう。
運命に導かれるように出会った建築家の千葉学さんに、自宅の設計管理をお願いすることになった。遠い地での設計管理には、工務店との信頼関係が重要になる、いや、それがすべてと言っても過言ではない。したがって、工務店選びには、千葉さん自らが当地の工務店・建設会社を1日がかりで訪問して決定した。価格面もそうだが、建築に対する情熱がひしひしと伝わる工務店が選ばれた。彼女は、その工務店のスタッフの娘さんで当時高校2年生だった。「中学生の頃からよく胃が痛いって言っているので、これを機会に一度内視鏡検査をしてやってよ。」と父親から何気なく頼まれ、頼まれたこちらも「思春期の心因的なものだろうな。」くらいに考えていた。彼女との出会いも、まさに運命であった。
当時勤務していた病院は、OLYMPUSのEVISという現モデルの前の内視鏡システムで、しかもスコープもXQ200しかなかった。専門家なら分かることだが、現在の画像と比較すると、暗い・見えない・コントラストに乏しいものだった。その前近代的な内視鏡機器で彼女に検査をしたところ、通常赤っぽく見える正常胃粘膜内に、ぽつんと5mm程度の白い部分(専門用語で褪色域)が見られた。確信を持って検査をしたのではなく、不思議だったので疑問を払拭するために生検を行った。後日返って来た結果を見て、思わず目を疑った。Group V、病変が進展するとスキルス胃癌を呈する未分化型腺癌の診断なのだ。検体の取り間違えではないかと考え、その日検査した人を調べ直したが該当する人物がいない。よくよくフィルムを見直すと背景胃粘膜は鳥肌胃炎ではないか。
その当時、僕の恩師である川崎医科大学消化管内科学の春間賢教授が、ピロリ菌感染の初期像と考えられている鳥肌胃炎と未分化型腺癌の関連を提唱し始めた時期で、今回の症例のことを話したところ、「僕が鳥肌、鳥肌とうるさく言っていたのは、このことだったんだよ。」と大変褒めてくれ、後日、1例報告だったが全国学会で報告することになった。
同じ頃、特殊なナイフを用いた画期的な内視鏡治療(ESD)を国立ガンセンターが報告し、その治療が徐々に普及し始めた頃であった。どこの場所でも大きく確実に腫瘍を切除出来るその方法は、従来法の限界を身に染みて感じていた自分にとっては魅惑の治療法だった。ガンセンターに見学に行き、春間先生の理解のもと大学で1例目の治療をさせてもらった。もちろん当地に転勤になった時も、この地方で最初にESDを導入することになった。最新の知見に最新の治療を学んだ自分が、巡り会ったのが17歳の胃癌患者さんであった。 (つづく)