建築家千葉学さんの場合
施主は気楽なものである。
施主:「コンセプトは『禅』でお願いします。」
建築家:「禅といっても、長嶋さんのイメージする禅のイメージを教えてください。」
施主:「僕は建築が専門ではありませんので、プロに一任します。すべてを委ねます。」
建築家:「・・・・、分かりました、頑張ります。」
まさに禅問答である。答えのないもの、正解のないものに対して、答えを出せ、正解を出せ、と依頼主に言われれば、建築家は自分なりの答えを出さなければならない。自分なりの答えと言われても、有り余る予算と広大な土地があればどんなものでも出来る。しかし、現実には様々な制約が課されている。予算、建築関係の法規・法律、周囲の環境、依頼主の趣向等々、難問・困難・障害がたくさん待ち構えている。
このような局面で建築家はどのように対応するかできるか。自分が考えるに、人間性が問われる・要求される作業、なのだと思う。これは、職業の如何に関わらず大事なことである。自分自身が学んで来たもの、両親から教えられてきたもの、仲間から得たもの、音楽を含む芸術・美術から影響されたもの等、仕事とは「自分という人間の中にある引き出しの中から最適なものを選ぶ作業」なのではと考えている。プロと呼ばれる人ほどその引き出しが多く、超一流と呼ばれる人は誰も真似の出来ない、独自の引き出しを持っている人なのだと思う。
さて今回、施主から「禅のイメージ」と投げかけられた千葉さんは、どのようにボールを投げ返して来たのか。キーワードは、「ハニカム」「竹」「布」「黒」であった。
ハニカムのファサード(通りに面した部分)は、内部と外部を微妙な感覚でつないでいる。外部真正面から見ると内部が丸見えなのだが、少しずれると中の雰囲気が分かる程度、斜め横になると内部は全く見えなくなる。これは、内部から外部をみても同様である。内部と外部が通じているようで、ある一定の距離感を保った微妙な間隔も呈している。
竹の素材は、天井と床に使われている。同じ素材でベンチもソファも誂えた。その醸し出す表情はもちろん、発する芳香が目をつむると竹林の中にいるような気分にさせる。素足で歩いた時、ひんやりするのに温もりが感じられる。
布は、壁と回廊の間仕切りに用いられている。ずばりNUNOという会社の特注の布である。担当者曰く、蝶の羽をイメージしたという布は、表面がきらきらした光沢をもったグレイの色調である。光の加減によって白く見えたり、少し緑がかって見えたり、夜に外から見た時には黄金色に輝いていた。
最後に黒。家の外観に大胆に黒色を用いた「黒の家」がある意味代表作の千葉さん。今でこそ、黒い色の家をちらほら見かけるようになったが、発表された当時は建築界に衝撃を与えたに違いない。一般誌で「黒の家」を何度見たことか。今回の店舗設計では、会計と治療スペースの色で相当迷ったそうだ。当初は、布の壁面、上下の竹材のイメージに合わせて白で考えていたそうだが、現場で実際の雰囲気を見て黒を選択したそうだ。
千葉さんの想いのこもった店舗は、千葉さん自身のことや細部を説明しなくても、初めてなのに落ち着いてくつろげる、東洋医学的治療を施すのに最適な場、鍼灸整骨院のイメージが変わった、と最大の賛辞をいただいた。
当初、店舗設計を中心に行っている建築事務所や空間デザイナーに依頼しようかとも考えたが、建築家である千葉さんに依頼して良かったとつくづく思う。なぜなら、枝葉末節の枝葉の部分、細部にこだわって和を表現するのではなく、空間・動線も含めた全体として和を表現してくれたからである。
今度は千葉さんに何を依頼しようか、すっかり消えていた建築熱に火がついた。