3月6日の記念日
佐野元春30周年記念コンサートin大阪(3)
3月6日当日はあいにくの曇り空だった。4時開場、5時開演だったので、高速道有田インターチェンジの渋滞を見越して少し早い目の11時に、我が家の車に4人乗り合わせ大阪城ホールを目指した。男性二人は前に、女性二人は後部座席に、佐野さんの曲を景気づけに流したが誰も聞かず、前後の席で別々に他愛もないよもやま話に終始した。2時過ぎに大阪城ホール近くの駐車場に到着した。開場まで時間があり、コンサート後のことも考え軽く腹ごしらえをすることにした。大阪市内を一望出来るレストランでビールを嗜みながら、ゆっくりくつろいだ。
開場10分前に開場入り口に並び、コンサートパンフレットに、佐野さんと手塚プロがコラボしたグッズを購入した。曇り空はもうそぼふる雨状態になっていた。確か、佐野さんのバックバンド「The Heart Land」との解散コンサート、横浜球場での「Land Ho!」も小雨がぱらついていたように憶えている。佐野さんは雨男なのだろうか。友人と、コンサート終了後に駐車場で待ち合わせる約束をしてそれぞれ入場した。
席はステージから見て左側のアリーナ席だった。開演40分前には着席してぼんやり会場内を見回していた。入場者の多くは、自分と同世代のような印象であった。自分達と同様カップルで来ている人達は夫婦なのであろう、我々の後の二人が「前に来たのは学生時代だったかな」「いや、もう働いていたよ」などと会話していたのが聞こえた。もちろん、我々よりも年下の10代から30代の人もいれば、家族連れも結構多く、まだ小学校低学年や幼稚園と思しき子供達もいたのは微笑ましかった。びっくりしたのは、白髪でやや腰の曲がった老女が家族に付き添われて来ていたことであった。まさに老若男女、多岐にわたる方達が、佐野さんの30周年を祝うために集っていた。
40分前には空席だらけだったが、時間を追うごとにどんどん埋まって行き、二度目の演奏中の注意事項の放送が告げられる頃には会場内のボルテージも最高潮に、「さあ準備はできたぜ」と言わんばかりの雰囲気になった。5時を少しまわった頃、パーティは始まった。
途中の休憩時間も含めて、あしかけ3時間半のコンサートだった。
終演直後は茫然自失、無言絶句状態であった。何から話していいのか、何を話していいのか、安直な言葉を発するのがためらわれた。夫婦ともほぼ無言状態で、雨ふる中を駐車場までの道のりを急いだ。後から来た友人夫妻が車に乗り込んで来て、友人が「いやー、良かったよ。すごく良かったよ。」、友人の奥さんから「最後の最後、アンジェリーナを聞けてよかったー。」という感想を聞いて先ずは安堵した。来た時と同様、前後の席で別々に互いにコンサートの印象を話し合いながら帰路についた。
僕はコンサートの余韻に浸る間もなく、雨ふる高速道を自分も含めた4人を如何に無事に帰すかということで頭が一杯になりながら車を走らせた。11時前に自宅に着き、そこから近くのコンビニに夜食を買いに行き、ふっと息つく暇もなく風呂に入り明日からの診療に備えた。夫婦のゆっくりとした会話のないまま、慌ただしい1日が終わった。
本来なら、翌週の東京でのライブも合わせてこのコラムを書くつもりだったのだが、3月11日の大震災のため東京公演は延期になった。大阪での興奮、余韻を残したまま、東京での公演を楽しみにしていたが、未曾有の出来事ではどうしようもない。
公演から、日常生活に戻ってから、20日以上過ぎてすっかり興奮も余韻も冷めてしまった。しかし、佐野さんの30年は僕の30年間の歩みでもある、あの時の興奮を、そして僕はその時何を感じ思ったのかを書き残しておかないと、ただでさえあやうい自分自身の存在がさらに稀薄になりそうで、今こうやって思い出しながら「しるし」ている。