La Vita e Bella
ライフ・イズ・ビューティフル
佐野さんの新曲がリリースされた。曲名は「La Vita e Bella(ラ・ヴィータ・エ・ベラ)」だそうである。そのビデオクリップを観て、思わず微笑み心の中で叫んだ、「これこそ佐野元春、あっぱれ!」。
ところで、基本的なことだが、「La Vita e Bella」って何語で、どんな意味なのだろう、とすかさず思った。この時代は本当に便利だ。何語が分からない文字をコピーして、検索エンジンにペーストすればたちまちに分かる。「La Vita e Bella」はイタリア語で、英語では「Life is beautiful」だそうである。題名、歌詞の内容からして、おそらく映画から影響を受けたことは想像に難くない。
数々の賞をとった映画「ライフ・イズ・ビューティフル」は、映画評論家はもちろん、一般受けも相当良かったのを覚えている。感動した、泣ける、名作という枕詞で語られるこの作品を、単身赴任の環境下で、万難を排して前準備を整え、一人ぼっちの夜にDVDで観た。涙ぐむハンカチまで周到に整えて。おそらく、その当時抱え込んでいたすべてを、涙で拭い去りたいと考えていたのだろう。けれども、正直、感動もしなければ涙も出なかった。エンドロールを見ながら、美しすぎる!道徳すぎる!と感じた。理想主義的、偽善的、教科書的、妄想的、そんな言葉さえ浮かんだ。きっと、その当時の自分の精神状況や状態に合わなかったのだろう。
その後単身赴任を終え、再び家族とともに生活するようになった。バブバブだった子供達も小学校に入学し、意思疎通が出来る年齢になったある日、wow wowで「ライフ・イズ・ビューティフル」を偶然見ることになった。子供のことを誰よりも案じる親の子供に対する普遍愛、どんな時も一緒に行きていこうとする家族愛、命を絶たれる逆境に際しても愉快に振る舞う父親の気高さに素直に感動した。一人でなくても良かった、夜でなくても良かった、ハンカチを用意しなくても良かった。止めどなく流れる涙で、エンドロールを見ることが出来なかった。取り巻く環境、精神状態、重ねた年齢で、観た後の印象が大きく異なる映画を初めて経験した。
映画を観ることはすなわち、そこに描かれている役者が演じる他人の人生を、如何に自分のものとして消化、昇華出来るかである。とともに感情移入、すなわち自分の人生経験と照らし合わせることが出来れば、その映画が自分の中の最高傑作になるのだと思う。
この夏、自分の仕事、父親としての仕事、家庭人としての仕事は、いつも以上に出来たと自負している。しかし、自分に求められる役割を十分演じたとしても、それが自身の内面を磨くことに繋がったかといえば、答えは否である。自分自身に問いかける時間を持つこと、自問自答して得たものを自分に求められる役割に反映すること、それがある意味社会の一員として生きて行く事だと思う。
自分のココロの栄養摂取、本を読むことはもちろん、映画を観ることも残念ながら出来なかった夏でもあった。したがって、夏が終わって一段落した週末に、懇意にさせていただいている先生お勧めの「The Five Pennies」(邦題:5つの銅貨)と、前から気になって録画していた邦画「SP野望篇」と「SP革命篇」を立て続けに一気に観ることにした。
3本を見終えて、つくづくと思った。時間を持て余していると感じた時は、映画を積極的に観ようと。学び、そして考え、自身と向き合う有意義な一時を過ごせた。そして何よりも、「La Vita e Bella」と思えた一時であった。