ほんとうのやさしさ☆
本日も、なかなかパンチのある日差しでした(~o~)とはいえ、夜は肌寒かったりするので、体調管理に気をつけないとですね(*^_^*)
ゴールデンウィークに入りましたね(^.^) クリニックも本日4月28日(土)~5月6日(日)まで休診とさせていただいております。5月7日(月)より通常通りの診療となります。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m
今回のコラムは、“たまにはマジメなお話を”と思いまして(^-^)。最近、「本当の優しさ」という言葉を聞く機会があったのですが、色々思う所もあり、つらつらと書いて見ようかと。
私は以前、高齢者の方々の相談センターに勤務していたのですが、まさに「本当の優しさは何なのか」を考えさせられる職場でした。支援には限度があり、どこで線引きをするかが永遠のテーマのようなものでした。なにが正解なのか…ケースバイケースなので、難しい選択になります。
ここで私の子どもの頃のお話を・・・。私は子どもの頃から生き物が好きでした。でも、責任を持って面倒を見る自信がなかったため、家に持ち帰ることはしなかった。なので、屋台での金魚すくいやヒヨコをゲットするゲームも私の中ではありえなかった。そんな中、妹が無邪気に犬をもらってきた(@д@;)=3 信じられない思いがあった。ちゃんと面倒を見られなかったら、かわいそうな思いをするのは犬の方なのに…と思っていたら案の定、妹は全く面倒を見ず、見かねた私とお母さんでせっせと世話をした。そしてそのワンちゃんが天に召されて、喪失感からますます生き物を飼うことが恐ろしくなった。
そして現在、甥と姪が全く面倒を見なくなった金魚を丹精込めてお世話している(-_-;)丹精込めすぎて、金魚が増えまして、ますます自身の首を絞めております(.-_-.) 甥と姪には「今後二度と私の前で軽々しく生き物がかわいいとか、飼いたいなんて口にするな。ましてや、自分が面倒を見るつもりもないのに無責任に“かわいそう”なんて言葉を口にするなよ。」と伝えた。以降二人とも一切生き物を飼いたいとは言わなくなった。捨てる神あれば拾う神あり…そんなさわやかなものではない。犬にしても金魚にしても、私はそのまま放置しておくべきだったのか、最終見かねて私が面倒を見たことは、あの時の妹や、今回の子どもたちの為にならなかったのでは・・・様々な考えがあったが、正直、そのまま死んでいく生き物たちを静観することは私には出来なかった。そう、上記の様に、同じことを私は繰り返している(´-`;)。
話を相談センター時代に戻します。同僚に正反対な2人が居た。一人は介入しすぎるタイプ。一人はさっぱりしすぎるタイプ。それぞれ良さはあった。けれども、介入しすぎるタイプの方が、確実に精神的に苦しんでいた。もちろん思い切って介入したからこそ改善に導けたということもあったが、それはかなりリスクが高く、成功は一握りの話である。主に、介入しすぎたことで当事者の自立に繋がらないことの方が目立った。信じたいという想いで手を差し伸べ続けても、それが本人の為になるとは限らないのだ。何なら、支援する側のただの自己満足に当事者や関係者を付き合わせているようなことになる。支援者は罪悪感から見放すことができず、さらには当事者は自身の問題と向き合えずで、負の連鎖となる。人の人生を左右する場で、本当の優しさを持てるか=自分を律することができるかどうか、なのだとつくづく思っていた。
そして今、和歌山に帰ってきて金魚の世話をしている私(*^ε^*;)っつ。何をやっているんだろうと思うが、金魚はかわいい。もちろん「人」となると話は違ってくるのですが☆
久しぶりに「本当の優しさ」という言葉を聞いて、昔のことを思い出して、心臓がギュッとなった。そして成長していない自分にがっかりした。
クリニックの理念である「ホスピタリティ」。それは、根底に信頼関係がなければならないと私は考えている。「本当の優しさ」も、信頼関係があってこそ成り立つものだと考えている。それらをどう形にしていくか…それは一人では成しえないことである。
連休初日に自問自答なコラムですみません(*^_^*) 明後日、以前の職場の同僚2人と会うのですが、1人は違う課で勤務中、もう1人は転職を経てこの4月から相談センターに異動になったと聞いているので、久しぶりに3人で色々話したいなと思っています(^ω^) ちなみに、今回登場した「介入しすぎるタイプ」と「さっぱりタイプ」の2人です。どちらもほんとに楽しい奴なので、2人にパワーもらお~っと\(^o^)/♪