綴ってみた☆
一昨日、仕事を終え車に向かって歩いていると蝉の声が(^.^)キテますね…夏☆
今年の夏は、これまた暑くなるとの予想です☆ みなさん体調管理に気をつけましょう(@_@)
ここの所、改まった内容が続いているスタッフコラム。みんな色々噛みしめております。ちなみに現在、スタッフコラムは5名交代で順番に更新しております。今回、私も今までのことを思い返し、色々綴ってみようかと思います。長いですが、お付き合いください(^.^ )
先週土曜日、突然友だちから体調不良で一緒に出かけられないとの連絡が入った。突然予定が空いたので、その前日にお誘いの連絡をくれていた元同僚「S」に連絡を入れ、中間地点の和歌山市で会うことに。色々思いだしながら、車を走らせました。
Sは前の職場の同僚で、その職場に配属された頃の私は燃え尽きていた。そこに配属される前の職場では、自分の中では「とにかくがんばった」のひと言だった。充実感を得る一方で、度々原因不明の大出血で救急搬送されるようになり、様々な不安や仕事に穴をあける申し訳なさで心身共に弱る中、一人暮らしに限界を感じ、実家に戻るべきか迷っていた。
度々入院が続いた頃、もちろん心配してくれる人たちだけでなく、色々言っている人たちがいることにも気づいていた。でも、それは仕方ない。私がピンチを迎えているなんて、他の人には分からなくて当然である。人それぞれ、色んな考え方や想い、事情等様々がある。私が反対の立場であっても、何かしら共有することは出来たとしても、全てを分かってあげられることはもちろん難しいことで「分かり合う」なんてことはさらに困難であると思っている。私にとってそうでもないことが、その人にとって重大であったり、計り知れない。人によっては「おまえに分かる訳がないだろ!」と怒る人もいた。そりゃそうだと思う。だからこそ、“分かり合う”ことはできなくても“分かち合う”ことが大切だと思っている。度重なる体調不良によって色々悩み苦しんだが、それがあったからこそ自分を大切に思ってくれる人たち、本当に自分が大切にすべき人たち=分かち合える人たちが誰なのかを、自分の中でハッキリ認識できたと思っている。
話を戻します(*^_^*)。
実家に帰ろうか悩んでいる中配属された職場では、やるからには!とは思うものの、自身に迷いがあり、どんなスタンスでどうがんばったらいいのか…な状態であった。今思えば、店じまいを始めているかのように消極的に仕事をしていた私は、その日もパソコン向かい、淡々と作業をしていた。
そこに突然、「なぁなぁ!○○さんから聞いてるで~。早速私のことも助けてよ~(笑)」と、にやにやしながらSが声をかけてきた。Sとは面識が無かっただけに、あまりに突然で驚いた。配属前の職場で私と一緒に仕事をした同僚から私の話を聞いていたらしく、「(聞いてるのと)雰囲気ちゃうやん。なに小ぢんまり仕事してんの~ん(笑)」な感じの事を言っていたが、あまりに突然すぎて目が白黒☆ ハッと我に返ると同時に、よく分からない笑いが込み上げてきた。しばらく笑って、「私、そんな死んでたぁ?!笑」とSに聞き返しながら笑った。それがきっかけで、何かが吹っ切れた(笑)。“ほんまにつまらん奴になってたな~私”と思い、和歌山に帰るなら、あきらめていた体調不良の原因究明や、仕事ともう一度きちんと向き合って、やるだけやった!と後悔無く帰るぞ!と決めたq(`~´q)★
そのきっかけをくれたS。私自身も「個性派」だと思っていたが、彼女はさらに飛び越えて上回る個性派だった(笑)。企画の際にはいつも思いもよらぬ発想でみんなをワクワクさせてくれた。失敗しても憎めない奴で、いつもふざけているかのように見えて、仕事でもプライベートでもとても思いやりのある愛情深い人だ。ある日、残業でSが電話対応をしているのを背中越しに聞いていて、長引いているので心配して振り返って見てみると、普通に喋りながら涙を流していた。彼女は認知症の家族を持つ家庭の支援を担当していた。問題の元と考えられる当事者には主に「普通」の説得や考えは通用しないことが多く、少しでも改善できればと思って対応しても、想いはなかなか通じない。その日も確実にSはその人にとっていいことしている筈なのに、電話で罵倒されていた。涙を流しながら辛抱強く対応している姿に頭が下がる思いだった。
そんなSだからそこ、あの時私に声をかけてくれたんだろうと、本当に感謝している。彼女を含め、いい仲間やいつも信頼してくれている家族がいて、みんなが私の色んな時(しんどい時・楽しい時)を分かち合ってくれたおかげで、後悔無く和歌山に戻って来られた。
本当に、自分は恵まれているなと思う日々である。原因不明の体調不良も同僚が調べてくれたクリニックで原因らしきものが分かり、さらに大きな病院での受診を勧められ、それを聞いた直属ではない上司がその病院の事務長が後輩だからと自ら連絡を取って手配をしてくれた。おかげでスムーズに受診・検査を受けることができて、さらにはありがたいことに原因も分かり、手術も成功した。
一時は血の海の中目覚めたりで、“寝ている間に死んでしまうこともありえるな…”と不安な中で過ごした日々から解放されて、なんてない毎日が本当にありがたく思える。改めて、色んな人に生かされている日々だと感じている。そして、この経験で自分の中での価値観なり色んなことを得られたのも事実で、人生無駄なことは何ひとつなく、無駄にするか意味を持たせるかは自分次第だともつくづく感じた。
そして、このクリニックでも、みんなで分かち合える関係を築いていきたいと考えています。もちろん、院長やスタッフとだけではなく、患者さんともです。
まだまだ私は人としても未熟で、行き届かないことも多いです。仕事の向き不向きとなると話は別になりますが、一緒に仕事をしていく中で人それぞれ得手・不得手がある。だからこそみんなで同じ目的に向けて色んなことを分かち合い、助け合うことで、お互いの大切さ・存在価値を高めていけると思っています。もちろんそれに甘んじて、それぞれが自身を高めることを怠ってはならないということは前提にあります。
院長をはじめ、スタッフ一同が、少しでもより良くという気持ちで頑張っている。その想いが伝わるクリニックでありたいと考えています。
みなさま、私の思い出話に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
ちなみに、Sとはその後3ヵ所で道を間違えるというハプニングを乗り越えて、ちゃんと和歌山で会えました♪ たくさん喋ってパワーを頂いてきましたよ(^.^)v こうして、離れても会おうと言ってくれる友だちがいることは、本当にありがたいですね(*^_^*)
改まった内容が続いたコラムですが、「当たり前に思っている日常にこそ、当たり前ではない幸せがある」という私のバトンを次のコラムを書くスタッフに託そうかと。よって、次号は日常の何気ない幸せを分かち合える内容を予定しております(*^▽^*)